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  • 2016.08.22 Monday
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京都府立植物園

京都府立植物園 全景
京都府立植物園 公式ホームページ

京都府立植物園 観覧温室 京都府立植物園 観覧温室内

住所:京都市左京区下鴨半木町
電話:075-701-0141

開園時間:9:00〜17:00 観覧温室は10:00〜16:00
アクセス:地下鉄「北山」3番出口すぐ、「北大路」徒歩10分
     市バス〃賄「植物園前」下車徒歩5分
     京都バス「静原or市原」行き「植物園前」下車徒歩5分
入場料:200円(大人) [子供・老人・障害者割引あり]
    観覧温室:別途200円(大人) [子供・老人・障害者割引あり]

広大な敷地そのものが植物園です。
子供用の公園もあり、自然散策にはぴったりです。
シーズンごとに梅・桜・花菖蒲・バラ・もみじなどいろんなものが楽しめるように作られてます。
1日かけてゆっくり散策されるのもいいかも知れませんね。

8/20までは9:00〜18:30まで開園してます。
涼しくなってからの散策もいかがでしょうか??

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京都国際会館・宝ヶ池公園

京都国際会館全景
財団法人国立京都国際会館 公式ホームページ

京都国際会館

住所:〒606-0001 京都市左京区宝ヶ池
(正式住所:〒606-0001京都市左京区岩倉大鷺町422番地)
電話:075-705-1234
FAX:075-705-1100

宝ヶ池公園 空

宝ヶ池公園内にある、自然豊かな国際会館です。
京都議定書を話し合われた場所として有名です。

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蓮華寺(れんげじ)

蓮華寺
蓮華寺は、現在の京都駅付近にあった浄土教系の古寺で応仁の乱(1467〜1478年)後、荒廃していたのを寛文2年(1662)加賀前田家の老臣・ 今枝民部近義が、祖父・ 今枝重直の慕提のために、この地に移し再興した天台宗の寺。高野川の清流を引いた池泉庭は詩仙堂の石川丈山作と伝わり、豊潤な池が書院のすぐ手前に広がる造りに贅が感じられます。見どころは書院の奥から建物を額縁に見立てて庭を眺めてみるといった空間の美。切り取られた空間いっぱいにカエデが植えられているので紅葉の季節は是非訪れてみるのをおすすめできます。また、風景が水面に映り美しい。

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圓光寺(えんこうじ)

圓光寺
慶長6年(1601)徳川家康は、国内教学の発展を図るため、下野足利学校第九代学頭・三要元佶(さんようげんきつ)禅師を招き、伏見に圓光寺を建立し学校とした。僧俗を問わず入学を許した。当寺には、出版に使用された木活字が現存している。その後、圓光寺は、相国寺山内に移り、更に寛文7年(1667)に現在の一乗寺小谷町に移転した。
境内山上には徳川家康を祀った東照宮や、墓地内には村山たか女(花の生涯のヒロイン)、マレーシア留学生オマール氏(広島原爆にて死亡)の墓がある。

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曼殊院門跡(まんじゅいんもんぜき)

曼殊院門跡
曼殊院は、伝教大師の草創に始まり、比叡山西塔北谷にあって、東尾坊(とうびぼう)と称した。天暦元年(947)、当時の往持、是算国師は菅原氏の出であったのてせ、北野神社が造営されるや、勅命により別当職に補せられ、以後歴代、明治の初めまで兼務した。天仁年間(1108〜1109・平安後期)学僧の忠尋座主が当院の往持であったとき、曼殊院と称した。明歴2年(1656)に桂宮智仁親王の御次男、良尚法親王は、当院を御所の北から修学院離宮に近い、現在の地に移した。庭園、建築ともに創意によるところが多く、江戸時代初期の代表的書院建築で、その様式は桂離宮との関連が多い。
建築・作庭の基本理念は、細川幽斉から伝授された古今和歌集(国宝)、古今伝授(重要文化財)、源氏物語(重要文化財)、伊勢物語の詩情を形象化することであった。それが、当院の大書院・小書院・枯山水の庭園となっている。

詳しく知りたい → 細川幽斉

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詩仙堂(しせんどう)

詩仙堂
現在、詩仙堂とよばれているものは、正しくは凹凸窠(おうとつか)であり、詩仙堂は、その一室である。
凹凸窠とは、でごぼこした土地に建てた住居という意味である。
詩仙堂の名の由来は中国の漢晋唐宋の詩家36人の肖像を狩野探幽に描かせ、図上にそれら各詩人の詩を石川丈山が自ら書いて四方の壁に掲げた"詩仙の間"を中心としていることからである。
丈山が、この堂に掲げるべき36人の詩人とその詩を選定したのは、寛永18年、59歳の時であった。林羅山の意見も求め、左右18人、それぞれの組み合わせにも意味がある。
建造物は、寛政年間、多少変更を見たが、天災地変の難を免れ、庭園とともに往時をそのまま偲ぶことが出来る。

詳しく知りたい → 石川丈山

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