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  • 2016.08.22 Monday
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八木邸

八木邸
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幕末、京の治安維持のために活躍した新撰組は文久3年(1863)3月春、八木源之烝(八木家11代目)宅にて誕生。将軍家茂上洛の警護の名目で京に上った浪士隊のうち、八木家を宿所としていた芹沢鴨、近藤勇ら13名が主張の相違から浪士隊と袂を分かち、京都守護職・松平容保のお預かりのもとに新撰組を結成。壬生を拠点に白刃をもって不逞浪士鎮圧に奔走した彼らが慶應元年(1865)隊士の増員に伴い手狭となった壬生を引き払い西本願寺に屯所を移転するまでの3年間に、初代局長・芹沢鴨らの暗殺、池田屋の変、禁門の変など激動の歴史が繰り広げられました。

新撰組創設期13名
芹沢鴨・平山五郎・近藤勇・土方歳三・新見錦・平間重助・野口健司・沖田総司・山南敬助・永倉新八・原田佐之助・藤堂平助・井上源三郎

・八木家の中祖は戦国大名・越前朝倉家で、家紋『三ツ木瓜』を用いています。八木邸の中に残されています。
・鴨居に残る刀傷は文久3年9月18日夜、芹沢鴨・平山五郎らが斬殺された時のもの(現在、撮影禁止となっています)
新選組大全史
新選組大全史

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壬生寺(みぶでら)

壬生寺
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園城寺(三井寺)の僧快賢が正暦2年(991)自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。
江戸時代後期の幕末には当初、壬生浪士・壬生浪士組といった京都の治安維持を目的に活動した新選組の本拠が壬生村の八木家に置かれた。境内には局長の近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある。
当寺旧本尊の地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代後期の作)は「壬生地蔵」と呼ばれ信仰を集めていた。昭和37年(1962)7月25日、放火により本堂とともに焼失。現在の本尊・地蔵菩薩立像は、その火災後に本山の唐招提寺から移されたものである。

■木造地蔵菩薩立像(重要文化財)
唐招提寺旧蔵
■錫杖(しゃくじょう)(重要文化財)
■列仙図屏風(重要文化財)
■壬生寺大念仏堂(狂言舞台)(重要文化財)

土方歳三―新選組の組織者
土方歳三―新選組の組織者
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